午前3時からでもインタビューに応じるサービス精神
ジャッキーという歌手を私がよく知るようになったのは、1990年代になってからで、90年代初め日本のレコード会社ポリドール(現在のユニバーサルミュージック)が当時、中華圏で最も力のあった香港ポップスのCDをリリースすることになり、代表してインタビューをするために台湾に渡った。94年、ジャッキーが台湾で初めてコンサートを行ったからだ。その時のことは今でも鮮明に思い出す。
台湾はまさにスーパースター来台で大騒ぎだった。ライブ当日昼間に雨が降り、リハーサルが遅れている。その頃はインドアの台北アリーナはなく、会場は屋外だ。私のインタビュー時間も流動的になった。ホテルのボールルームはリハ待ちの人でごった返している。私たちもすることなく所在なげに立っていた。ジャッキーは私たちに気付くと近づいて来た。「日本の方だよね。インタビューをすることは聞いている。必ずどこかで時間を取るので待っていて」。人気シンガーがこの気遣い。感動した。
コンサートが終わり、打ち上げ会場。すでに夜中の12時になっている。ジャッキーはコンサートに関わったスタッフが食事をしているテーブル一つ一つを回って、感謝を伝えている。メディアの囲み取材も受けている。そしてその合間を縫って私たちのテーブルに来て「今10分くらいできる。少しでも質問して」と言ってくれた。打ち上げが終わり、ホテルで続きをしようということになった。何とインタビューは午前3時から。
「疲れていませんか?」と聞くと「大丈夫、ライブの後はいつもちょっと興奮状態だからちょうど良かった」という返事。すでにライブが終わって4時間がたっていたのに。
同じホテルに滞在していた私はインタビュー終了後、部屋に戻り爆睡した。午前6時、部屋の電話が鳴る。スタッフの声だ。「ジャッキーが今から出発するから見送りませんか?」。急いで最上階の部屋の前に行くと、明るい笑顔で出てきた。そしてロビーに降りると、ファンと話したりサインをしたり、握手をしている。「これから中国に行って仕事だ」とスタッフが言った。
すごいと思った。頭が下がった。彼はこういうことを毎日のようにしているんだ……。
スーパースターとはファンのために生きる存在
この頃の台湾は戒厳令が解除され、表現の自由が認められ、自らのアイデンティティーを表現するアーティストがどんどん出て来た。台湾ポップスにハマっていた私はそういう音楽に強く引かれていた。つまり、台湾から見た香港はスターが多くてキラキラと輝いていていたが、社会性がないなどと思っていた。
つまり、私は何も分かっていなかったのだ。
その後、ジャッキーとは縁があって友人付き合いが始まり、彼の思いを聞く機会ができた。中華圏で最高とされる歌手の苦悩、それを克服するためのたゆまぬ努力を聞いた。素の彼は愛すべきおっちょこちょいの部分もあったが、表現者のジャッキーは完璧主義者だ。今回のコンサートはまさに「プロ中のプロの仕事」だ。
香港でトップを走っているスターたちは徹底的にスターであり、自らを捨てても、観てくれる人聴いてくれる人たちを、楽しませるため癒すため元気づけるために存在しているのだった。そういう在り方だってすごくカッコいい。
