90年代の中華圏音楽をけん引した台湾ポップス

スタジオで会ってくれた羅大佑氏は、いきなり、僕は客家人だと言った。えっと、それってどういう意味なんだろう? 音楽の話をじっくりしようと質問をたくさん考えていったのに、出鼻をくじかれた。羅大佑氏は続ける。中国、香港、台湾と中華圏に大きな三つの文化圏がある……この地域の政治はこうだ…台湾には中国の福建省から移住した漢人の他に同じ漢人の客家や先住民族がいる……台湾には外省人と本省人がいる・・・。そんなことを、ホワイトボードを使いながら、まさに先生の講義のように丁寧に教えてくれた。

羅大佑氏
羅大佑氏

羅大佑氏はこうも言った。「『原郷』に収録されている曲『火車』のミュージックビデオは列車の中で撮影しているけど、その列車は日本統治時代に作られた線路を走っている。日本は台湾を植民地にしたけれど、インフラも造ったんだ」。講義は3時間にも及び、香港の強い冷房で唇が青くなったが、面白かった。感動した。

それから台湾ががぜん面白くなり、通うようになった。ある時、ランディ氏が今度レコード会社を始めると言った。名前は魔岩(マジックストーン)レコード。「北京には本物のロックがある。それと台湾の本物のロックを出す」。実際、北京の素晴らしいロックミュージシャン(唐朝、黑豹、竇唯などなど)のアルバムをリリースした。政治的理由によるさまざまな制約がある中でロックをし続ける、強くて個性あふれる北京のアーティストたちも知ることができた。

そして、台湾。1987年に戒厳令が解除され、ミュージシャンたちが自分のアイデンティティーを音楽にぶつけて表現し始めた。それは多種多彩で本当に面白かった。そのアーティストの多くが魔岩から世に出た。

台湾語ポップスの大ヒット曲「向前走」を歌い、後には映画に深く関わっていく林強(リン・チャン)。泥臭いロックがかっこ良くて、小さなライブハウスから3万人規模を成功させるようになったキング・オブ・ロックの伍佰(ウーバイ)。あくまで面白おかしく社会を風刺する豬頭皮(ツートーピ)。アトランタオリンピックの宣伝曲にサンプリングされた先住民の郭英男(ディファン)。おしゃれなスタイルでデジタルサウンドの面白さを見せたBABOO。台湾ヒップホップのキングMC HOTDOG。特徴ある声でとがった作品を出した楊乃文(フェイス・ヤン)。可憐(かれん)ながら芯が通っていて、その生き方も愛される陳綺貞(チア・チェン)など、台湾のポップスを堪能した。

台湾の90年代前半は香港のスターが圧倒的な人気だったのは事実だが、この時代の台湾の音楽には太い骨があった。つまり、どれもこれも圧倒的に台湾的だったのだ。

五月天(MAYDAY)(左)と周杰倫(ジェイ・チョウ)(右)のファーストアルバム
五月天(MAYDAY)(左)と周杰倫(ジェイ・チョウ)(右)のファーストアルバム

そして96年12月に先住民族のポップシンガー張惠妹(チャン・ホイメイ)が登場。スーパーバンド五月天(MAYDAY)が99年にデビューし、2000年には中華圏のトップアーティスト周杰倫(ジェイ・チョウ)が現れる。彼らの大成功で台湾ポップスが中華圏全体を席巻するようになっていく。