二つのアイデンティティーが合わさった私
台湾であった衝撃的な体験をいくつか。
台湾でも自分のことを指して「日本人」と言われると何とも言えないモヤモヤした気持ちが生じる。それは日本で「台湾人」と言われても同様である。
ある日、台湾の知人に誘われ食事会に参加した。周りに知り合いがいない中、主催者の知人の友人は筆者を指して、「彼は中国語を話せる日本人」と紹介して回った。こちらが「ハーフ」だと言っても、いまいち理解できていないようであった。
また別の日のこと。在日台湾人についての質問を受けていて、「どうして日本で生まれ育っているのに台湾のことを考えるのか。日本のことを考えていたらいいのではないか」と言われたことがあった。質問者は深く考えていなかったかもしれない。自分にとって台湾は親の生まれ育った国である。無関心ではいられなかった。逆に関心を持ち過ぎてしまうがために、「台湾に帰ってきた」とか「日本生まれの台湾人」という言葉を多用してしまう。そのため、台湾でずっと暮らしてきた人から不思議に思われても仕方がない。
日本にいると日本のニュースは意識せずとも入ってくる。日本の空気を吸っている。でも台湾に関しては、日本から向かうしかなく、そして自分で調べることでしか台湾を感じることはできなかった。
あまり良い表現ではないが、自分のことを「完璧な日本人」とも「完璧な台湾人」とも思っていない。〇〇人に完璧のものなんてないことや、「普通の〇〇人」というものが幻想であることは分かるし、今でも自分が何者かということに悩まない訳ではない。むしろ二つが合わさって一つだと思っている。そこにきて、「どうして台湾のことを考えるのか」という質問はショックであり、驚きと戸惑いを感じた。
ただ、いずれも自己紹介や初対面の場で起きていることである。それが過ぎれば、人として友達になるし、なまった中国語であっても皆一生懸命話を聞いてくれる。こうしたことも初めてとなる台湾での長期生活中での得難い経験であると考えている。どれだけ台湾で言うところの「なまり」を克服できるか、練習してみたいと思う。
バナー写真=Carlos / PIXTA