味の「台湾化」に走らず成功
私は、鷹峰さんを20年以上前から知っている。大学生時代、私が台湾とのハーフであることを知った同級生のH君に誘われて、東京・神田の飲茶の店に食事に出かけた。H君の友人が鷹峰さんだった。
鷹峰さんの本名は「高峰涼一」。台湾人の両親のもと、1966年、高円寺で3人兄弟の長男として生まれた。DNAは100%台湾人ということになるが、鷹峰さんが中学に入り、一家で日本国籍を取得したため、日本名となった。父親の姓は「魏」、母親の姓は「呉」だが、「最高峰という意味で『高峰』という姓になったんです」という。
訪れた飲茶店の経営者は鷹峰さんの弟で、彼は店を手伝っていた。大柄でちょっと近寄りがたい迫力のある外見とは裏腹に、気さくに台湾語で話しかけてくれて、いろいろサービスをしてくれたことを思い出す。
何年か後、H君から、鷹峰さんが東京の高田馬場でラーメン店を開いたと聞いた。そして、2012年、鷹峰さんは台北・東区で鷹流「台湾本店」をオープン。看板メニューは超極濃拉麺(台湾一極濃の塩ラーメン)で「湯頭全台最濃(台湾一濃いスープ)」を掲げた。
台湾に進出する日本の飲食店は、現地の人々の口に合うよう、多少なりとも味の改良を行い「台湾化」させることが多い。例えば味噌汁。台湾人は日本人よりも塩辛いものに対する閾値(いきち)が低いので、台湾の和食店で出される味噌汁は、日本の味噌汁に比べると味がかなり薄口になっている。
ところが、鷹峰さんは最初から味の台湾化を考えず、台湾のラーメン市場に切り込んだのだ。
「最初は怒られましたよ。こんな塩辛いもの飲めるかって」
日本の味を守り通した結果、徐々に台湾人の味覚も馴れてきた。「飛行機に乗らなくても日本の味が食べられるラーメン屋」ということで人気が広がり、行列の絶えない店になった。
「台湾人に本物の日本のラーメンを食べてもらいたい」
以降“鷹流ラーメン”という系列で、海老そば、つけ麺、味噌、醤油豚骨など、毎年一軒ずつ、味やスタイルの違った新店舗を展開し続けてきた。

