台湾の戦後史から考える池上一郎博士文庫の意味合い

台湾には日本統治時代に日本語教育を受けた「日本語世代」の人々がいる。幼少期から家庭あるいは学校で日本語を学び、今も日本語を常用している。しかし、彼らは戦後の中華民国・国民党体制下の台湾においては、日本語の使用が禁止され、新たな言語として「國語」を学び、使用することを強いられた。長く日本語の使用が許されなかった台湾の戦後史を鑑みると、日本語世代の人々が制限なく日本語に触れられるようになった民主化後の台湾で、日本語書籍への需要が大きかったことは想像に難くない。

したがって池上一郎博士文庫は「日本語」を欲していた人々に長く待ち望まれていた場だったと言える。

池上一郎博士文庫の館内(筆者撮影)
池上一郎博士文庫の館内(筆者撮影)

開館時から館長を務めている曾貴珍氏によると、開館当初は文庫近隣に住む地元の日本語世代にとどまらず、台湾南部に住む人々を中心にバイクや鉄道で来館する人々でにぎわっていた。そして来館者同士が日本語での会話を楽しむ憩いの場としての役割も担っていたそうだ。

池上一郎博士文庫で館長を務める曾貴珍氏(筆者撮影)
池上一郎博士文庫で館長を務める曾貴珍氏(筆者撮影)