主権イベントの総統選
2019年に『台湾総統選挙』を著した台湾政治ウォッチャー小笠原欣幸の研究がこれら7回の選挙の実相を豊かに示しているが、台湾の総統選挙が体現しているものは単に最高行政首長の選挙であり、政治権力の競争に一定期間の決着をつけて政治権力のマンデートを更新する政治制度というだけのものではない。私見に拠れば、台湾の総統選挙はいわば「人民(=国民)主権イベント」としての意義をも有している。
周婉窈のレトリックを部分的に借りるとすれば、民主化により形成された「選挙共同体」が主権的共同体=国民(nation)であるとの「自己定義」を内外に顕示・誇示していく政治イベントにもなっているのである。小笠原をはじめ多くのウォッチャーが指摘しているように、総統選挙の持続的挙行とともに、台湾と中国とは違う(少なくとも広義の政治的意義において)との感覚を持ち、自身を「台湾人」とみなす人々が増加している(このような政治意識を小笠原は「台湾アイデンティティー」と呼ぶ)。
また、総統職を争う民進党と国民党では将来の国家選択(統一か独立か)とそれに密接に関わる対中政策の基本(「一つの中国」原則を受け入れるか受け入れないか)が異なるから、総統選挙はおのずから国家アイデンティティーに関する一種の国民投票(レファレンダム)の側面を持ってしまう。それ故、政権交代ごとに台湾社会は政治的激震に見舞われ、異なるベクトルの外からの圧力に直面し、台湾の有権者は自身の決定、つまりは自己定義の営為の代価を払わなければならない。
そのためか、これも小笠原が指摘するように、この代価が極限(中国との戦争)に達しないような世論からの自己規制がかかっている。すなわち、台湾側からみた台湾海峡の「現状維持」が常に多数となる世論のがっしりした構造が形成されてきていて、国民党、民進党両党もこれに逆らう候補を立てると当選が見込めなくなる。
こんな状況展開の中、1983年の「台湾前途の住民自決」の主張が含意した(A)の側面は、(B)の実現にもかかわらず不変である。総統直接選挙の制度化を推進し自ら初代民選総統となった李登輝は(A)の実現を期していたのかもしれないが、「国際強権」の基本態度を変えるには至らなかった。1995-96年の台湾海峡危機後に対中関係の修復を図ったクリントン米大統領が表明した「三つのノー」は、その象徴であった。台湾は対外的に明確な名称を持てないまま非承認国家であり続けている。
