非日常のような日常
いつもなら人出でごった返している旧コマ劇場前の広場は、今も静寂の中だ。何人かの男が広場の縁に佇んでいて、何かを待っている風だった。私は歩きながら、この歴史的な光景を記憶と記録に刻もうと写真を撮っていた。一人の男が近づいてきて、恐る恐る話しかけてきた。「よかったら――」。私も相当ピリピリしていたので、急に話しかけられてびっくりした。彼の話が終わる前に、そもそも彼が何を言おうとしているのか意識する前に、反射的に手を振って、会話を拒んだ。向こうは何か分かったようで、そそくさとその場を離れた。
後になって考えた。あの男は何を言おうとしていたのだろうか? 「よかったら」なんだ? 場所が場所だけに、私はこう推測した。要は援助交際の相手を探しているのだろう。援助交際でなかったら、ナンパ。とにかくやりたいのだろう。私は心の中で溜息を吐いた。この期に及んで、まだ性欲が盛んなんだね。ネットで見たニュースを思い出す。コロナ禍による外出自粛令は、家庭内暴力のリスクを高めているのだという。家庭内暴力に苦しむ、あるいは元々帰る場所がない多くの若い女性にとって、いくら政府がウチで過ごそうと呼びかけても、彼女たちは街を彷徨うしかないだろう。あるいはあの男たちの標的がこれらの女性だったりするのかもしれない。検証する術はない。ともかく、私みたいに家でできる仕事を持っているというのは、思い出した時に好きな街の様子を見に来ることができるというのは、恐らくとてもとても贅沢なことだ。
帰りの電車は混んでいた。全ての席が埋まり、立っている乗客も少なくない。それもそのはず、金曜の夜なのだ。出社せざるを得ない人が帰宅する時間である。とはいえ、これは普段の花金の夜の、あのすし詰めの満員電車と比べれば、もうかなり空いていると言わざるを得ない。
八王子に戻った時、午後の厚い雲はもう空を埋め尽くしていて、小糠雨が降り出した。バスに乗って家へ帰る。マスクを外し、手を洗い、うがいをする。そしてシャワーを浴び、どこかで身体についたかもしれないウイルスを洗い流す。お風呂を出たあと恋人に電話をする。コロナ禍のせいで、恋人とはもう2カ月も会っていない。いつになったら会えるのか、私は知らない。
史上最も寂しいゴールデンウイークが始まるまで、残すところ数時間である。
バナー写真=誰もいない新宿駅地下通路(筆者撮影)

