技巧に走らず、爽快でハッキリとした作風
筆者が新井一二三氏を知ったのも、中国時報・人間副刊の「三少四壮」だった。初めて買った著書は2001年出版の『可愛日本人(愛すべき日本人たち)』、2冊目は台北国際ブックフェアで購入した『櫻花寓言(桜の寓話)』だ。同書は新井氏が香港で過ごした90年代を描いたエッセイなのだが、彼女が描く香港の風情には本当に夢中になった。筆者は、仕事の関係で香港に1週間滞在した際、同書に登場した北角(パコック / ノースポイント)の理髪店を訪ねたものである。そして筆者が最も好きな作品は2007年に出版された『我這一代東京人(私の世代の東京人)』だ。新井氏が描く東京は、台湾の同世代が最も憧れ最も思いをめぐらせる東京なのだ。
日本の現代文学の作家を紹介した『可愛日本人』では、向田邦子の『父の詫び状』に触れている。台湾において『父の詫び状』の翻訳本は小さな出版社から出版されたことはあったものの、広く知られるようになったのは2005年に出版された大手・城邦グループ傘下の商周出版社版だろう。翻訳版の『父の詫び状』は何度も増刷を重ね、向田邦子は台湾でもベストセラー作家であると言える。そんな向田氏のことを台湾では魯迅と並び20世紀を代表する中国語圏の女流作家・張愛玲になぞらえて「日本の張愛玲」と呼ぶことがある。実はこの呼び名は新井一二三氏が著書の中で付けたものだ。
新井氏の書く中国語には格別の魅力がある。技巧に走らず、爽快でハッキリとした描き方から感じられるのは、華麗な表現ではなく、言葉そのものが持っている力の方をより重視しているからではないだろうか。筆者が初めて人間副刊で新井氏の文章を読んだとき、ネイティブの中国語話者が日本風のペンネームで執筆しているのだと思ったものだ。20年以上前でさえ、中国語の能力はすでに非の打ちどころがないレベルに達していた。
2019年、新井氏は筑摩書房から『台湾物語:「麗しの島」の過去・現在・未来』を出版した。同書は元々、日本の読者向けに日本語で執筆されたものだったが、後に台湾の翻訳者により『我們與台灣的距離(私と台湾の距離)』として中国語版が出版された。同書は新井氏による台湾の読者への贈り物だ。日台で活躍する新井一二三氏は言わば文壇の二刀流だ。野球でいう大谷翔平選手のような存在と言えるだろう。
バナー写真=新井一二三氏(大田出版社提供)
