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復興路にある「禾火食堂」、2020年にリニューアル移転して、上階は民宿に。玄関横の窓枠は旧和美駅舎のものを再利用した
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「鹿港囝仔」の張敬業さんと施佳君さん、娘のフェイフェイちゃん
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日本統治時代の、現在の民族路。右手前の二階建てが今の「勝豐バー」のある建物。奥の池の向こう辺りが今の復興路で、現在「禾火食堂」がある(「臺灣古寫真上色」提供)
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鹿港の街での移動は、狭い路地も走れる電動三輪車がおススメだ
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日本統治時代に建てられた鹿港公会堂で開催された「金銀格扇」展。表の金色面はお祝いごとに、裏返すと全面が銀色になっており不祝儀にも使用できる
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鹿港伝統菓子の「鳳眼糕」とその抜き型
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二代目の鄭旺さんが残した新しい開発商品のレシピノートには、「バナナ油」なども登場
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鹿港の夜の街歩きは、旅人も古都の風景の一部と化す
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本当に小さな曲がりくねった路地だが、100年前の地図にも存在する
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和興青創基地。日本時代、派出所の宿舎群だった建物をリノベーションし、地元の若者の「文創」を支援する
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肉包に緑豆糕など、地元っ子「鹿港囝仔」ならではのセレクションが並ぶ、お土産購買リスト
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民族路沿いの「勝豐バー」。日本時代からある建築をリノベーションし、二階には「鹿港囝仔」の最初に拠点「横町スタジオ」がある