今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:8月9日

細川連立政権が発足 自民一党支配に幕

1993(平成5)年 日本新党の細川護熙代表を首相とした多党連立政権が発足した。同年7月の衆院選で自由民主党が過半数を割り、日本社会党、新生党、公明党、日本新党、民社党、新党さきがけ、民主改革連合、社会民主連合の8党会派による連立が成立した。55(昭和30)年以来続いた自民党の一党支配体制が崩れた。

その他の出来事

米、2発目の原爆を長崎に投下

1945(昭和20)年 米軍が、3日前の広島に次いで長崎に2発目の原子爆弾を投下した。第1目標は福岡県小倉市(現北九州市)だったが、雲で目標を目視できず、長崎に変更。雲の切れ間に一瞬見えた市街地目がけてB29爆撃機から原爆を落とした。広島のウラン型に対し、長崎にはプルトニウム型原爆を使用。広島型の1.5倍の威力があった。市の人口24万人(推定)のうち戦闘員・軍事関係者を含めて約7万4千人が死亡し、建物は約36%が全焼または全半壊した。山に囲まれた市街地が狭かったため、想定より被害が小さかったといわれる。

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ソ連、終戦間際に不意打ち対日参戦

1945(昭和20)年 ソ連が中立条約を破って対日参戦し、満州(中国東北部)、朝鮮、樺太(サハリン島)など日本の支配地への侵略を開始した。日本は太平洋地域に戦力を集中していたため、ソ連軍はほぼ日本軍の抵抗を受けずに進軍。日本の開拓民にソ連軍兵士は略奪、暴行の限りを尽くし、壮年男性を中心に極寒のシベリアに連行され強制労働を強いられた。ソ連は米国の原発使用に衝撃を受け、日本の戦後処理で領土的野心を実現しようと、予定を大幅に繰り上げて、侵攻作戦に踏み切った。ソ連の和平仲介に望みをつないでいた日本の戦争指導者には、ソ連の対日参戦は寝耳に水だった。

国際文化都市目指す長崎に特例法

1949(昭和24)年 原爆からの復興を支援するため国が制定した「長崎国際文化都市建設法」が公布・施行された。「広島平和記念都市建設法」に続く、特別立法。同法に基づき、長崎市は原爆落下中心地およびその付近一帯を平和公園(原爆落下中心地、祈念像、国際文化会館、総合運動場)として整備した。

日の丸、君が代を法制化

1999(平成11)年 日の丸を国旗、君が代を国歌とする「国旗及び国歌に関する法律」が参院本会議で可決・成立した。同月13日に公布・施行。戦後も慣習として使われた日の丸、君が代に成文法で根拠が明確に示された。

田中「マー君」開幕16連勝 記録更新

2013(平成25)年 「マー君」で親しまれたプロ野球・楽天の田中将大投手(24)が宮城球場で行われたソフトバンク戦に先発登板し、7回無失点で開幕16連勝を飾り、プロ野球新記録を樹立した。田中は前回登板で1981(昭和56)年の間柴茂有(日本ハム)、2005(平成17)年の斉藤和巳(ソフトバンク)がマークした開幕15連勝に並んでいた。このシーズン、田中は開幕からの連勝を24まで伸ばし、日本プロ野球記録、ギネス世界記録にも認定された。

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