「失われた正義」の回復と映画『太陽の子』
「失われた正義の回復」というと難しく聞こえるかもしれないが、日本においても水俣病被害者への賠償や、薬害エイズの責任追及など、いずれも類似の問題であると考えていい。ただ、台湾では、専制政治が長く続き、複雑な歴史もあるので、問題解決への道はより難しく、遠いところにある。
そんな「失われた正義の回復」という意味から、じっくり見てほしい映画がある。台湾映画『太陽の子』(原題:太陽的孩子)である。台湾で2015年に上映され、多くの反響を呼んだ映画で、日本に紹介したいと考えた筆者らのグループがこのほど、日本上映プロジェクトを進めているものだ。9月にも東京や神奈川、静岡、福岡で上映会を予定している(詳細はこちらのサイトから 映画『太陽の子』)。
初めて本作を見たのは、台湾の映画館だった。いい映画だと思ったが、何が良かったのか、うまく自分の中で説明がつかなかった。だからもう一度、映画館に行った。1度目よりも深く感動した。そして、3度目、日本に帰国するエバー航空の機内上映でもう一回見てみた。泣き過ぎて、隣にいた台湾人の女性に「你沒事嗎?(あなた大丈夫)」と声をかけられてしまった。3度目でなんとか、この作品の「根」のところまで掘り下げられた気がした。
本作は、その良さをうまく一言ですっきりと説明するのが難しい映画である。ストーリーは、台湾のアミ族の村で、伝統の稲作が失われようとしている。それを阻止するため、人々は立ち上がった――。こうやって、あらすじを書いてみても、私自身がどうもあまりピンとこない。もっと違った言葉が、この映画にはふさわしいはずだ。そんな風にずっと考えていた。
なぜなら、この映画の魅力は、得体の知れない強烈なリアリティがスクリーンから迫ってくるところにあるからだ。実話に基づく作品だからというのはあるだろうが、それだけにとどまらない「何か」がある気がしてならなかった。
