花蓮・港口集落を舞台に現実と物語が絡みあう

そんな気持ちを抱えながら、映画が撮影された舞台である台湾東部・花蓮県の港口集落を訪れた。花蓮の港口集落は、台湾で最も訪れにくい場所の一つと言っていいだろう。花蓮から台東に広がる長大な花東海岸線のちょうど中間点にあり、台北から花蓮に飛行機か台湾鉄道で入り、そこからバスで3時間、レンタカーでも2時間はかかる。台東からでもほぼ同じ距離にある。

港口は、花東地区第一の河である秀姑巒(しゅうこらん)溪の河口に位置するところからその名前がついた。古くから先住民のアミ族が暮らす土地であった。清朝の兵士によって港口の周辺に暮らしていたアミ族の人々が大量に殺される「大港口事件」と呼ばれる衝突が起きたことでも知られている。作品のなかで、「清兵が攻めてきた」という歴史について、主人公パナイの父親であるおじいさんが繰り返し言及しているのは、民族の記憶に刻まれた悲劇だからだ。

この村を舞台に映画が撮られたことは知っていたが、俳優たちのほとんども村の出身の素人だったことは訪れるまで知らなかった。そして、2人の監督のうちの1人であり、港口集落出身のレカル・スミ氏に案内されて集落を回っていると、映画の中で見かけた顔に次々と出くわしたのだった。

映画で、パナイの父としてアミ族の伝統を取り戻すべく、肺がんに冒されながら奮闘した前出のおじいさんを演じた許金財さんは、レカル・スミ監督の実際の祖父であり、現実でも港口集落の「頭目」を務めている。頭目は、村長のような行政職ではなく、それよりももっと高い地位にある精神的領袖のような存在である。

私がたまたま宿泊先に選んだ民宿で、朝、食事を運んできてくれた老女の顔をみて、ハッとさせられた。映画の最後に近いところで、稲田の破壊を防ぐために座り込みをしている村人の中で、一人の老女が同じアミ族出身と見られる若い警官に向かって「あなたの村はどこ(?)」と語り掛けるシーンがある。私が本作でいちばん好きなところの一つだ。その老女が、民宿を経営する家族の一人だったのだ。彼女から聞かされた話では、彼女の一族が持っている、民宿の真下に広がる稲田の土地は、およそ20年前から開発業者や行政の観光部門によって執拗に開発を持ちかけられた土地で、映画と同じように無理やり実力行使で奪われかけたこともあったという。

「あのシーンを演じながら、自分の土地が奪われかけたことを思い出していました」と老女は語っていた。民宿の窓から見える稲穂の土地、よく見れば、映画の中で、村人が体を張って守ろうとした稲田そのものだった。この映画では、このように現実と物語が、表裏一体となっているのである。