日台対等関係の交流を
この会に限らず、日台交流そのものに大きな課題がある。
筆者は1980年代から台湾研究を志してきた。そのころ台湾に関心を持つ日本人は一握りでしかなかった。それを考えれば、このような会が開催されること自体が大きな進歩であり、まさに隔世の感がある。
しかし、台湾人が日本を知っているほどには日本人は台湾を知らない(もちろん、台湾人も日本のことを大いに誤解している部分はあるのだが)。特に言語に関しては一方通行であり、日本語が使える台湾側の人材に頼り切っている観が否めない。そして日本は単一言語国家であることもあって、言語に対する感覚が鈍感なように思える。
例えば、台湾で事実上公用語となっている中国語は、中華人民共和国のそれとは発音や語彙(ごい)が違う。今回のサミットでも日本語と中国語の通訳や翻訳には中華人民共和国出身者がおり、語彙や表現などで違和感を覚えた。
しかも、台湾は多言語社会である。公用語は中国語ではあるが、中国語だけで事足りるわけではない。民間では台湾語が多く使われている。日本側議員のあいさつでは、中国語を数フレーズだけ織り交ぜる人はいたが、台湾語を使う人はいなかった。多くの台湾人にとって、台湾語をあいさつに使った方が反応は大きいはずである。
もちろん、日本と台湾では人口規模や国力の面で差があることは否定できない。それでも、日本側が台湾側の好意だけに甘えるのは、いかがなものだろうか?
少なくとも台湾側が用意する日本語や日本通の人材の10分の1でも、日本も用意するくらいの努力は必要だろう。
異文化社会どうしの交流は、なるべく対等、対称的に行われるのが望ましい。台湾が「親日的」なのは事実であるが、あまりにも台湾側の好意と用意だけに頼り切っていては、真の交流や信頼関係は育まれないのではないか、と危惧する。
バナー写真=日台交流サミットin熊本実行委員会提供