「同じ釜の飯」で小さな国際交流

「がじゅまるの家」での食事は近くのスーパーなどで食材を買ってきて自炊するのが基本。調理したら共同スペースで食べるのがルールだ。病児を抱えていると、どうしてもマイナス思考に陥りがちだが、一緒に食卓を囲めば、つらいのは自分だけではないと気付き前向きに考えるきっかけにもなるし、情報交換もできる。

利用者間のコミュニケーションを重視したルール。食事は食堂で食べることになっている、4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)
利用者間のコミュニケーションを重視したルール。食事は食堂で食べることになっている、4月4日午前、沖縄県南風原町の「がじゅまるの家」(筆者撮影)

外国人が滞在していると、食堂は即席の国際交流の場となる。言葉は通じなくとも、病気の子どもを抱えた親同士、身振り手振りやスマホの翻訳アプリに助けられて、お互いに励まし合うのだ。不安に押しつぶされそうになっていた人に、笑顔が戻る瞬間だ。

沖縄本島から400キロ余り離れた石垣島に住む高橋朋代さんも、李さん・鄭さん夫婦と同じ時期に、息子の琉太(るうた)君の通院のため、がじゅまるの家を利用していた。会話は漢字の筆談とスマートフォンの翻訳アプリが頼りで、完璧なコミュニケーションが成立しているわけではなかったが、毎日、顔を合わせて、時には得意料理をお裾分けしあううちに仲良くなった。一緒に買い物に出て、高橋さんが、日本語が話せない李さんのサポートをすることもあった。

旅先で出産した娘を気遣い、李さんの母親が台湾からやってきた時には、台湾でポピュラーなお焼き「葱油餅」を作るのに、息子の琉太くんも加わり、異国の味に舌鼓を打った。

李さんは、当時を振り返って「がじゅまるの家では、自宅で過ごすような日々で、家族以上に親身になって優しくしてもらった」と改めて、感謝の気持ち伝えた。一家の再訪の時期に、たまたま石垣島から沖縄本島に来ていた高橋さんも、超未熟児だった竣鴻ちゃんがやんちゃに成長している様子を見て「大きくなったねぇ」と嬉しそうだった。血はつながっていないけれど、もはや、他人ではない―そんな関係が知らず知らずに築かれていた。

冒頭で紹介した竣鴻ちゃんのために集まった寄付金は、1100万円以上の剰余金が生じた。華僑総会は、多くの人の善意を無駄にはしたくないと、県に寄託し、外国人観光客の医療支援に役立ててもらうことにした。見ず知らずの赤ちゃんを助けたいと集まった善意は、沖縄と台湾の絆を深め、さらに、まだ見ぬ誰かへと引き継がれる。

参考文献

  • 「わらびの会 10周年記念誌」(わらびの会、2017年)
  • 「ファミリーハウスがじゅまるの会10周年記念 がじゅまるの家のたからもの」(わらびの会、2018年)
  • 「特集 沖縄・先島地域のトランスナショナルな移動と社会関係―フィリピン人女性を中心に―」(琉球大学沖縄移民研究センター「移民研究」第11号、2016年)
  • 「特集 島嶼への結婚移住をめぐる比較研究―フィリピン人を中心に」(琉球大学沖縄移民研究センター「移民研究」第15号、2019年)

バナー写真=沖縄で出産した長男の竣鴻(チュンホン)ちゃんを抱き、夫の鄭吉倫(ツェンチールン)さんと共に「がじゅまるの家」を再訪した李詩縁(リーシーエン)さん(左端)。高橋朋代さん(右2人目)や儀間小夜子事務局長(右端)と再会した、2019年4月4日午前(筆者撮影)