「リブラ」vs「デジタル人民元」
2019年6月、フェイスブックが、デジタル通貨「リブラ」の発行を目指すと発表した。米国議会からストップがかかり、当初予定していた2020年からの発行が実現するかは不透明だが、世界中に20億人以上のユーザーを持つフェイスブックが通貨を発行すればその影響は各国に及ぶ。
「リブラ」の発表から3カ月後の9月、今度は中国の人民銀行がいわゆる「デジタル人民元」の発行を目指していることを明らかにした。
「デジタル人民元」は中央銀行が発行するものであり、「リブラ」もドルやユーロなどの法定通貨と一定比率で交換できる「ステーブルコイン」だ。ビットコインのようないわゆる仮想通貨とは異なり、普及も現実味を帯びてきた。米中が次世代通貨の覇権をめぐり譲れない戦いを始めたということであり、米中経済覇権争いもいよいよ天王山だ。
監視国家に対する香港の反抗
デジタル通貨が普及すれば、デジタル経済化は最終ステージを迎える。その結果、あらゆる経済活動がビッグデータとして蓄積され、デジタル監視の土壌が形成される。
「監視」といえば、長らくオーウェルが『1984』で描いたような権力者による一方的な監視国家がイメージされてきた。しかし、現状では、SNSのような双方向のデジタルテクノロジーにより、情報を取られる一方ではなく、むしろユーザー自らが利便性や安全性のために情報を提供している。社会学者のデイヴィッド・ライアンはこれを「監視文化」と呼ぶべきだと指摘している(デイヴィッド・ライアン『監視文化の誕生』)。よりソフトで流動的でグローバルな監視が展開され、リスクが見えにくくなっているというのだ。
2112年の日本を舞台としたアニメ「Psycho-Pass」は、監視社会の問題点を鋭い視点で描いている。「シビュラ」という中央集権的システムによって人々の心の濁りが測定され、「犯罪係数」の高い者は罪を犯していなくても処罰される。人々は安全な社会を手に入れるのと引き換えに、心が濁らないよう清廉潔白な生活を強いられる。はたしてユートピアなのか、ディストピアなのか。
中国では「信用スコア」で人々の道徳心を誘導しマナーや治安を向上させようとする動きが広まっている。「Psycho-Pass」の世界ほど極端ではないが、安全と引き換えに自制や萎縮といった形で人々の自由が狭められていく、真綿で締め付けられるようなプロセスはすでに始まっているのではないか。梶谷・高口が「幸福な監視国家」と表現したように、権力による一方的な監視ではないからこそ、歯止めをかけるのは難しい(梶谷・高口『幸福な監視国家・中国』)。
犯罪人の中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正に端を発した香港での民衆の抗議活動は、監視国家への反抗の側面がある。街頭や駅などに設置された多数の監視カメラが破壊された。デモの参加者らは「HKmap」というアプリ・サイトを使って、警察の動向を「逆監視」している。同アプリは、app storeが「違法な活動を推奨している」として取り扱いをやめたことでも話題になったが、リアルタイムで警官やパトカーの位置や数を把握することができ、ゲリラ的な抗議活動の必須アイテムとなっている。
とはいえ、それで抗議者側が取り締まりを逃れられるわけではなく、多数の若者が逮捕された。香港警察の背後には「テクノ権威主義」に向かう中国という大きな壁がそびえる。抗議者の必死の抵抗には悲壮感が漂う。