台湾の民主化、本土化研究者が続々と訪港

香港と台湾が接近する直接の要因になったのは2014年に起きた台湾のヒマワリ学生運動と、香港の雨傘運動という2つの若者・市民の大衆行動だった。その結末においては、運動として台湾は勝利し、香港は敗北するという対照的なものになったが、双方の若者・市民との間に「連帯感」を築くのには十分すぎる強烈な共通体験だった。数カ月早く起きたヒマワリ運動の展開は香港の若者たちを大きく刺激し、雨傘運動の期間中には台湾から多くのヒマワリ運動のリーダーたちが香港に駆けつけ、その運動のノウハウを伝授したとされる。台湾では、香港の敗北に対して、「今日の香港、明日の台湾」という流行語が生まれ、中国に取り込まれるリスクを訴える論拠になった。

いささか皮肉なことかもしれないが、香港返還後、それまでは広東語主流の香港社会において、対中ビジネスの必要性に応じた学校教育における「普通語」(北京語)の推進によって、香港人の普通語能力は格段に向上した。そのため、台湾の人々とのコミュニケーションで、広東なまりの普通語と、台湾なまりの「国語(台湾での普通語の呼び方)」を使って、それなりに会話ができるようになった。この点は両者の協力関係の構築において大きな役割を発揮したと言えるだろう。

今年3月末、台湾の中央研究院社会学研究所の主催で「ヒマワリと雨傘後の台湾・香港の社会政治変動比較検討会」というシンポジウムが開催された。そこには、台湾、香港の研究者や活動家が同じ言葉で和気あいあいと語り合い、お互いの社会状況を紹介しあう姿があった。恐らくは10年前であれば、会話には英語が混ざり、香港人の普通語も聞きづらく、もっとぎこちないものになったのではないだろうか。そして、このシンポジウムでも主に議論されたのは、本土化や対中関係における「香港と台湾の近接性」だった。台湾の民主化や本土化の理論を研究する人々には、香港からひっきりなしに訪港の要請が来るという。先の台湾総統選でも香港の民主派、本土派の関係者が大挙して台湾に見学に駆けつけ、民進党の劇的な圧勝に感嘆の声を上げた。