不満があっても国民は「仕方ない」

そんな日本の新型コロナウイルスに対する呑気(のんき)な反応は、日本の台湾人社会に不安を与えた。2月、まだ武漢など新型コロナの感染拡大地域からの入国制限が行われていなかった頃は、街中で中国人観光客を目にすることも多く、それだけで台湾人は不安を感じたという。同時に中国人観光客による「マスクの爆買い」もよく見かけた。

「当時、ドラッグストアなどでは、個数制限なくマスクを購入できました。中国人は日本でマスクを見つけるたびにどんどん購入していったようです」――30代の香港出身で東京の金融機関に勤める陳さんはこう話す。1月25日を中心とした旧正月期間、彼女は香港に帰省せず日本で過ごしていたが、多くの中華系の人達がマスクを買いあさる姿を目撃したそうだ。

1月末の段階で、陳さんの同僚のうち外国籍の同僚はすでに新型コロナウイルスについて多くの議論を交わしていた。しかし、その時期に職場が部分的にテレワークを導入したところ、日本人の同僚は驚いていたという。陳さんは「香港はSARSを経験していますが、日本人にはその経験がありません。だから今ひとつ実感がなかったのかもしれません」と振り返った。

日本社会の新型コロナへの反応の鈍さは、日本人の気質も関係しているのではないだろうか。台湾人に比べて日本人は不満をはっきり表現することが少なく、最終的に「仕方ない」と受け入れる傾向にあるのではないだろうか。

その例として、蔡秉諺さんは2011年の東日本大震災を挙げる。当時、蔡さんは東京勤務で、大災害のなかでも、多くの日本人が冷静に行動するのを目の当たりにした。蔡さんは、新型コロナ流行下でも状況は同じだと感じている。「日本人には、ものごとを『仕方ない』と受け入れる傾向が強くあると感じます。個人の感情、生活、学校や職場などあらゆる場所で『仕方ない』という言葉が使われていませんか?」

日本は台風、地震、火山の自然災害に繰り返し襲われてきた。そんな日本で育まれた「逆境を受け入れる」文化は、自然災害時の混乱を防ぐという点ではプラスに働いていると言える。しかし、今回の新型コロナのような未知の感染症の流行に際しては、国民の危機感を薄れさせてはいないだろうか。感染症の流行で必要なのは、「流れに身を任せる」ことではなく、初期段階での政府による有効な対策と適切な呼びかけである。それがなければ感染の封じ込めは不可能だろう。