台湾の政治家の言葉が持つ「説得力」
この文章を書くにあたり、2017年に自分がnippon.comに書いた記事をあらためて読んでみた。なぜ蔡英文本が日本で売れるのか、日本の読者は蔡英文本をどのように受け止めたのかという分析だ。
筆者は当時、蔡英文本が日本で読まれる理由の一つとして、蔡氏のような高い理想を掲げながらも、国民に寄り添った現実的な決断が下せるバランス感覚が整った政治家が一国のリーダーであることへの羨望(せんぼう)のまなざしと、台湾の市民社会が、自らの支持政党に対して何でもかんでも擁護するのではなく、常に「世論」という形で政治への監視を緩めずにいる台湾式の民主主義の姿への驚嘆などを挙げた。
台湾では間違いなく政治はみんなのものなのだ。みんなのものだからこそ、台湾の人々は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)という未曾有の危機に対し、一人一人が「自分の問題」として一致団結し責任を持って取り組むことができたのだ。そして、政治家はそれに応える形で、きちんと整理された、そして分かりやすい情報開示、フェイクニュースへの素早い対応などとともに、昨年12月末の時点からこの感染症に対する水際、封じ込め対策を次々と打ち出していった。
なぜ徹底的な「先手」が打てたのかは、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の苦い過去の経験を生かした封じ込め対策とその経験を共有していた市民社会の理解、WHO(世界保健機構)から排除され続けていたことにより素早い独自対策を講じる必要があったこと、中国の公式発表を最初からうのみにしないという前提で対策を行ったこと、専門家が閣僚内にいることでウイルスに関する適切なデータに基づく説得力のある丁寧な説明を可能にしたこと、IT技術の効果的な活用による「スピード感」を持った対策などが挙げられる。
台湾では、専門家による適切なデータ分析の下、衛生福利部長(日本でいう厚生労働大臣)で、中央流行疫病指揮センターの指揮官の陳時中氏の丁寧で分かりやすい記者会見を1月下旬からほぼ毎日、質問がなくなるまで続けていた。その言葉は国民の自由や権利を一時的に国の権限で制限することの重みを十分に理解した中で発せられた、自らの言葉だった。だからこそ、彼は9割を超える支持率を誇り、市民がその言葉に共鳴し、協力した。
感染症対策の優等生台湾から今すぐ学ぶべきこととは
翻って、日本では全てが後手後手に回り、国民の命や経済活動、教育などの当然の権利が引き続き脅かされる事態となっている。新型コロナウイルスのパンデミックにより、全世界のリーダーたちはそれに等しく直面せざるを得なくなり、いかに国民の命を守るのか、今後の社会をどのように導いていくのか、そのリーダーシップがリトマス試験紙のように試されている。私はここで、各国の感染症対策の優劣を述べたいのではない。未曾有の危機だ。みんな手探りで解決方法を探している。各国適用できる法律や制度も異なっている。何が間違っていて何が正しいかは、全てが収束していく中で検証され、その検証が将来の感染症対策の中で生かされていくだろう。
新型コロナ感染症対策の優等生台湾といまだにもたもたしている日本。状況がここまで違っていれば今すぐに台湾から取り入れることができる対策は限られているかもしれない。しかし、台湾の対策方法の中から日本政府が今すぐ取り入れ改善することができるのは、その情報発信力、そして政治家が説得力を持って発信する言葉だ。