周遊唱歌は「台湾版の鉄道唱歌」か

台湾は日本にとって、国際条約を経て得た最初の海外領土だったが、終戦まで、鉄道唱歌を名乗るものはなかった。そういったこともあり、この『台湾周遊唱歌』を「台湾版の鉄道唱歌」とする向きもある。先述したように、独自のメロディーを持ちながらも、『鉄道唱歌』のメロディーでも唄えるため、日本本土からやってきた旅行者が、船の中で『台湾周遊唱歌』を教えられ、『鉄道唱歌』の旋律で口ずさみ、見知らぬ地に思いを馳(は)せたという逸話も残る。

歌詞は最初に台湾島の全体像を紹介し、その後、基隆から反時計回りで台湾を一周するように進んでいく。各駅・各都市に歌詞があるが、台北、淡水、台南などは複数の章があるし、小都市についてはいくつかを合わせて一章になっている。また、縦貫鉄道の終着駅である打狗(高雄)に関しては、当時はまだ大発展の前段階にあるためか、わずか一章で終わっている。

ちなみに、『鉄道唱歌』は全5集、総数は334章となっており、長らく、日本で最も長い歌詞とされてきた。しかし、1集から5集までをそれぞれ別個に考えると、第4集北陸編が72章で最長となる。また、広大な土地を紹介した『満韓鉄道唱歌』も全60章あまりである。

これに対して、『台湾周遊唱歌』は全90章。そして、数が多いだけでなく、取り上げているスポットの密度の高さにおいてもまた、その存在は際立っていた。

台湾周遊唱歌~台湾が歩んだ歴史

(淡水)

三百年のその昔  万里(ばんり)の波を凌(しの)ぎ来て
武威を振ひしイスパニヤ  サンチヤゴ城此処(ここ)に建つ

→1624年、スペイン人がサン・ドミンゴ要塞を築くが、オランダに駆逐された。

(新竹)

清(しん)の雍正(ようせい)元年に  淡水廰(たんすいちょう)を置かれけり
城壁の跡猶(なお)残り  旧刹古廟(きゅうさつこびょう)亦(また)存す

→新竹は城壁に囲まれていたが、領台初期に撤去。城壁跡には濠が設けられた。

(台中)

明治四十一年に はじめて成りし鉄道の
全通式を挙げたりし  此処(ここ)の公園 眺めよし

→縦貫鉄道開通式典は台中公園で開催。台中は日本統治時代に整備された新しい都市。

台中(筆者所蔵写真絵葉書より)
台中(筆者所蔵写真絵葉書より)

(台南)

南部のみやこ台南は  本島中に古くより
開(ひら)けし地とて人多く  名所旧跡(きゅうせき)亦(また)多し

→南部最大の都市。台湾の首府として君臨した古都。明・清時代の名所旧跡が多く残る。

台南(筆者所蔵写真絵葉書より)
台南(筆者所蔵写真絵葉書より)