ゼロから学んだ香港料理
来日して10年近い鄧日成さんだが、もともとは東京の料理学校でお菓子作りを学んでいた。故郷の味が懐かしくなって、香港料理の店を探そうとしても、東京には香港人が納得できる店がとても少ない。そこで鄧日成さんは望郷の念を胸に、まず香港の料理をYouTuberから学んだ。鄧日成さんの香港料理への思いと料理学校での経験が結びつき、店の誕生へとつながっていったのだ。
店内で提供される全ての料理は、鄧さんの手によるものだ。看板メニュー「 乾炒牛河」で使うお米の麺・フォーも鄧さんの手作りなのである。自家製のフォーには相当コストがかかっており、1週間で10皿程度しか提供できないのだそうだ。人気のシューマイは、毎朝1つ1つ手で包み、その日のうちに売り切るようにしているという。
店のメニューの中では「乾燒伊麵(香港焼きイーフーメン)」「 豆豉炒蜆(アサリのトウチ炒め)」「鹽酥蝦(胡椒塩エビ揚げ) 」など香港の屋台料理が大人気だ。ほかにも、「黃金蝦多士(海老トースト)」や「松露燒賣(トリュフシューマイ)」など創作料理もある。メニューによっては予約しなければ食べられないものもある。
「香港料理を広めたい」というとなんだか崇高な使命のように聞こえるが、鄧日成さん自身はただおいしい香港料理を紹介したいと思っているだけだという。店に来る日本人の大半は、過去に香港へ旅行や仕事で行ったことがある人だ。もちろん、そうでない日本人客もいる。中には香港がどこにあるかも知らない人さえいたそうだ。「香港は台湾の一部とか、台湾の離島だと思っている人もいましたよ」と鄧日成さんは笑いながら話した。
日本では香港料理と広東料理は大した違いがないと思われがちだ。両者の違いについて、鄧日成さんは「香港は『文化のるつぼ』なんです。英国統治時代にたくさんの西洋料理が伝わりました。東西料理文化の融合があったと言っていいでしょう」と指摘する。
香港料理には、西洋やインドなど異文化から影響を受けた例がよく見られる。最も分かりやすい例が「 叉燒酥(チャーシューパイ)」だ。西洋のパイ生地と広東のチャーシューが合わさり、香港独自の東西文化が融合した料理が生まれた。異文化という切り口からだと「香港料理」にもまた別の見方が生まれるのだ。

