民進党の初の「政党外交」

台湾の権威主義体制のブレークスルーを日本政府や外務省が当時どう見ていたのか、私には知る由もないが、アメリカの動きは速かった。民主党系の国際関係民主協会(the National Democratic Institute for International Affairs)が民進党をその主催のシンポジウムに招待した。民進党はこれを機に21人の大型訪問団を組織してアメリカと日本を回り、新党に対する国際的認知を獲得しようとした。一行は2月初め訪米、2週間にわたり全米各地を廻ったあと、15人が2月17日に来日し19日まで日本の政党、学界、マスコミなどと精力的に接触した。確か東京到着早々17日の夕方ではなかったかと思うが、池袋のプリンスホテルで記者会見が開かれるというので私も出かけた。当時の党内急進派「新潮流」のリーダーの一人と目されていた若き日の邱義仁氏(現台湾日本関係協会会長)と初めて言葉を交わしたのを覚えている。

そしてその翌朝、当時東京外国語大学に客員教授で来ていたパリス・チャン教授の仲介で訪問団の一部メンバーを東大駒場に迎えることとなった。現代中国研究者の通称「二水会」と称する勉強会(横浜市立大学の矢吹晋教授主宰)に出席する形で座談会を開いたのである。当時まだ大学院生だった黄英哲さん(現愛知大学教授)が一行の案内役を務めてくれた。

この座談会の模様は、二水会のメンバーでもあった『中央公論』の近藤大博さん(当時編集長)のお世話で、同誌の4月号に「台湾 民主進歩党の挑戦」と題して執筆させていただいた。近藤さんが私の記事につけてくれた「台湾の政治に新しい風が吹いている/台湾は変貌し、新たな転換期に入っている/その渦中にいる人々が日本にやってきた」というリード文が、この時私が日本の世論に伝えたかった感触をよく現していたと思う(*1)。

座談会出席の民進党側メンバーは次の6氏であった。( )内には当時の年齢、党内役職、議員職などの公職を付記した。

張俊雄(49歳、党中央執行委員、立法委員)
康寧祥(48歳、党中央常務委員、立法委員)
尤清(44歳、党中央常務委員、立法委員)
謝長廷(41歳、党中央常務委員、台北市議会議員)
蘇貞昌(39歳、党中央常務委員、台湾省議会議員)
廖學廣(33歳、党中央評議員、台北県議会議員)

後に民進党が成長して民主選挙を通じて政権党にまでたどり着いたことを知っている今日の眼からすると、相当の大物が参加してくれていたことになる。張、謝、蘇の三氏は陳水扁政権(2000-08年)の行政院長(首相に相当)、蘇氏は現蔡英文政権でも行政院長を務める。謝氏が1996年初回総統選挙で民進党の副総統候補となったことはすでに触れた。2008年には民進党の総統候補となったが敗れた。現政権下では台湾の駐日代表を務めている。康寧祥氏は、その後党内での地位は後退したが、李登輝政権下で監察委員を務め、陳政権では一時国防部副部長や総統府国家安全会議秘書長を務めた。

ただ、当時の急進派であった新潮流派系統の人は入っていない。私と二水会側では出席メンバー選定には全く関与していないし、訪問団側でどういう判断があったのか分からないが、座談会を通じて発信されたのが、民進党穏健派の見解であったとは言えるだろう。