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奄美群島の有人8島
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沖永良部島のもり漁
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頭上運搬
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奄美大島・大和村の群倉(ぼれぐら)。文化財として保存され、県道沿いにたたずむ(芳賀日向撮影)
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父の写真を展示する奄美博物館に寄贈した日向さん(左)。宇検村(右)、知名町・和泊町での寄贈式(ニッポンドットコム撮影)
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稲刈り帰りの父母と3人の子
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戦後の宇検村は川が幹線道路。子どもも稲刈りを手伝った(ニッポンドットコム撮影)
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『奄美』を参考に寄贈写真を解説する先田さん(ニッポンドットコム撮影)
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祝い料理用のブタの解体や若水くみなど、年末年始の行事を撮影した旧家。80代の女性は当時をよく記憶していた(ニッポンドットコム撮影)
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馬乗りの先頭にまたがっていた少年の現在。「面影あるでしょ?」(ニッポンドットコム撮影)
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ビャーボールという郷土玩具を70年ぶりに操ってくれた(芳賀日向撮影)
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新校舎へオルガンを運ぶ国頭小学校の児童。母校で語り合った(芳賀日向撮影)
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校舎は建て替えられていたが、校庭の「日本一のガジュマル」は健在(ニッポンドットコム撮影)
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観衆に囲まれて恥じらい、終始うつむいていた花嫁。「ヤギまで連れて来ていた」と笑う(ニッポンドットコム撮影)
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撮影地は今も亜熱帯の木々が茂る。左の男性は木の上で昔話を聞いていた少年、中央が松村さん(芳賀日向撮影)
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石灰質の島の稲作は泥田を耕す苦労があった
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60キロもの俵を担ぎ込んだという高倉のはしご。丸太に足掛かりを刻んだもので、登呂遺跡(静岡県)の出土品に酷似する
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写真と共に往年の民具を紹介する資料館。高倉とはしごも保存する(ニッポンドットコム撮影)
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水くみは重労働だった。暗川は保存され、児童生徒が郷土史を学ぶ場となっている(ニッポンドットコム撮影)
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今は公園になった湧水地・ワンジョ。上流から順番に飲用、浴用・洗濯用、家畜用に分けていた。水場が社交場であったこともうかがえる(芳賀日向撮影)
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沖永良部島で荷車を押す日出男氏(中央)