ニッポンの酒

進化し続ける日本酒(9)ー日本酒と料理 魅惑のペアリングー

文化

近年、洋の東西を問わず料理の引き立て役として進化を遂げているSAKE。和食という枠にとどまらず、さまざまな料理との組み合わせで食の楽しさを広げている。そこで、米国・ニューヨークの飲食店に勤めた経験のある店主と、フランス料理コックの妻が営む東京の日本酒ダイニングバーで、ペアリングの具体例を紹介してもらった。

フランス料理と日本酒のコラボレーション

日本酒ダイニングバー「MiwaMiya」(東京・阿佐ヶ谷)は、サービス担当の宮本重晴(しげはる)さんと、料理を担当する妻の美和さんが2人で切り盛りする小さな店だ。30歳でオープンした2010年当初、日本酒をワイングラスでサービスするスタイルはまだ珍しかったが、宮本さんが訪れたニューヨークのレストランで、ワインのみでなく日本酒もワイングラスでサービスしていたのにヒントを得たという。「香りを楽しんでもらうには、ワイングラスが向いていると考えたからです」

メニューには、パテやマリネ、ポワレ(蒸し焼き)、コンフィ(オイル煮)など、フランスのビストロや欧州の酒場で味わえるような単品料理が並ぶ。酒のリストには季節替わりで常時40種類の日本酒を掲載し、グラス売り。酒器は、さまざまな形状のワイングラスやおちょこなど8種類から、注文した料理や酒のタイプ、客の要望に応じて宮本さんが選ぶ。奥深い日本酒の世界を気軽に堪能できる店として人気を集めている。

フランスのビストロ料理を提供する店で、なぜワインではなく、日本酒なのだろう。

「フランス料理が好きで夫婦でレストランに行きますが、日本酒と合わせて食べてみたいと思う料理が増えてきたのです」と宮本さん。「バターや油脂の使用量が控えめになり、軽いフランス料理が増えているからでしょう。日本酒はもともと、いろいろな味に寄り添う包容力があります。その上、近頃はクエン酸やリンゴ酸のような爽やかな酸を持つ日本酒が登場していること、さらに流通段階で低温管理することで酸化による劣化を防ぐことができるようになっています。フレッシュで切れ味のいい酸を楽しめる日本酒が増えてきたため、肉やオイル系の料理とも合うようになっています。妻も私も飲食店の従業員でしたが、思い切って誰もやっていない新しいジャンルに挑戦してみようと、独立して2人で店を始めたのです」

日本酒ダイニングバー「MiwaMiya」

日本酒の色は透明に近く、見た目はあまり大きな違いはないが、はっきりとした個性の違いがあると宮本さんは言う。「主原料は米ですが、くだものや花のような香りがしたり、スパイス、ハーブ、ミルク、ナッツを想像させたりするものもあります。味わいは淡いタイプや、フルボディータイプ、ドライなタイプ、白ワインを思わせるような酸があるタイプ、果汁のような甘酸っぱいタイプもあります。さらに舌に載せたときの感触も軽いもの、滑らかなもの、発泡感があるものなど、実に多種多様です」。バラエティー豊かで、単独で飲んでも十分堪能できるが、料理と合わせると引き立て役にも回ることができる柔軟性があるのが日本酒なのだという。

「日本酒には、料理の隠れた味や香りを引き出したり、良さを引き立てたり、生魚の臭みなどのマイナス要素を覆い隠したりする力があります。さらに、素材同士のつなぎ役も果たします」と宮本さんは解説する。料理と酒、それぞれが持つ香りや味、舌に載せた時の感触、濃度や強弱など、似たもの同士を合わせるのが基本原則で、間違いがない組み合わせだと言うが、「異なった味や香りをアクセントとしてプラスして、料理の最後に添えるソースのような効果を狙うこともあります」と補足する。

3つのペアリング例

そこで、店の料理と日本酒の合わせ方を紹介してもらった。最初の料理は、牛乳で煮てピューレ状にしたタマネギと生クリームを合わせたムースに、トマトのジュレがのった冷製前菜だ。宮本さんが合わせたのは、「新政 生酛純米(きもとじゅんまい)エクリュ2016」(新政酒造・秋田県)。エクリュとはフランス語で生成りの麻の色を意味する。「料理の色は淡いベージュで、日本酒の味わいは名前通りの麻のようなナチュラルな印象で、タマネギのうま味を生かしたクリーミーなムースと、濃度や優しさも同程度です。さらにトマトの酸味と、この日本酒特有の繊細な酸が引き立て合いながら余韻を引き締めます」と宮本さん。料理が冷製なので、酒も10~12℃の冷酒で提供している。味わってみると、料理と日本酒が混然一体となって、後味がすっきりする。互いが同調して1つの世界を作り、きれいに消えていくペアリングだと感じた。

冷たい前菜、タマネギのムースには、酒米「秋田酒こまち」を使った生酛純米「新政 エクリュ」。濃度やニュアンスが似たもの同士で、一体感が味わえる王道のペアリングだ。

次の料理は、サーモンのカルパッチョ。合わせた酒は「醸し人九平次 EAU DU DÉSIR 純米大吟醸 山田錦2016」(萬乗醸造・愛知県)。この造り手の酒は、パリのフランス料理レストランでリストに掲載されるなど、料理との相性では定評がある。「爽やかな酸があるので、オリーブオイルや乳製品、肉料理と合わせても、脂の切れが良く、甘みやうま味とのバランスも良い点がフランス料理のシェフに支持されているのでしょう。私もこの酒は和食より、むしろ洋風料理と合わせやすいと思います」と宮本さん。日本酒だけを味わうと、原料が米とは思えないような果実味を感じるが、極めて優雅で洗練された印象だ。「サーモンと合わせると、生魚の特有の生臭みを覆い隠しながら、うま味を引き出し、ドレッシングともよく調和します。デコポン(かんきつ)やイチゴ、ベビーリーフやディル、といった果物や野菜のさまざまな香りを日本酒が一つにまとめるつなぎ役も果たしながら、洋梨やリンゴのような香りもプラスしてくれるのです」。軽いフランス料理を味わうときの最高のパートナーとなり得る1本だろう。

生のサーモンに、ベビーリーフやかんきつ、イチゴなどを合わせたサーモンのカルパッチョには、酒米「山田錦」を使った「醸し人九平次(かもしびとくへいじ)EAU DU DÉSIR 純米大吟醸 山田錦2016」。EAU DU DÉSIRはフランス語で「希望の水」。

3番目の料理は、鴨(かも)もも肉のコンフィ。うま味のしっかりとした鴨肉に、濃厚なグレービーソース(肉と野菜を煮詰めたソース)を添えた料理には、こくがある日本酒が合うと宮本さんが選んだのは、ワイン酵母を使って発酵し、フランス・ブルゴーニュで白ワインの熟成に使ったフレンチオーク樽で10カ月間熟成させた「山本 純米吟醸 Montrachet French Oak Barrel Aged」(山本合名・秋田県)。「個性と個性をぶつけ合わせることで、うま味の相乗効果を楽しめるペアリングです」と宮本さん。味わってみると、パリッとした皮の香ばしさと、樽熟成による酒のバニラ風味には共通点があり、全く違和感がない。スケールの大きな味覚の世界に浸ることができる組み合わせだった。

鴨もも肉のコンフィに、カボチャとサツマイモ、カブ、芽キャベツのソテー添え。しっかりとした味で香ばしい肉料理には、「山本 純米吟醸 Montrachet French Oak Barrel Aged」。

ペアリング実践のススメ

今回、紹介してもらった3つのペアリングは、欧州の料理と日本酒を無理に合わせたという印象はなく、料理も日本酒も単独で味わうより、ペアリングによってさらに魅力的な味になるように感じた。「紹介したのはあくまでも参考例で、ルールではありません。最近の日本酒は許容範囲が広いのでペアリングで失敗することはないと思っていいでしょう。自宅でも気軽にお試しください」と宮本さんはアドバイス。家庭では特別な料理を作らなくてもいい。ワインで楽しむようにパンにブルーチーズを乗せたり、豆腐にオリーブオイルと塩をかけたりしただけの簡単料理で十分だ。ペアリングに挑戦して、自分の好きな組み合わせを発見してみてはいかがだろうか。
(※酒のタイプと酒器選びに関するコラムも近日、掲載予定)

【DATA】

日本酒ダイニングバー「MiwaMiya」

  • 住所:東京都杉並区阿佐ヶ谷南3-1-23、東神阿佐ヶ谷ビル地下1階
  • 電話:03-6915-1387
  • 営業時間:午後6時~午前0時。クレジットカード不可。予約可。日曜日定休(臨時休業あり)

バナー写真=日本酒ダイニングバー「MiwaMiya」店主の宮本さん。アドバイスを聞きながら日本酒を選ぶのも楽しい。

写真撮影=川本 聖哉

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