台湾の「家族」が仕事の原動力に
熊谷には懇意にしてる台湾の家族がいる。大学3年の時にフィールドワークで太魯閣に入った際、お世話になったタロコ族の一家だ。30年近い歳月が流れ、最初に日本語で会話したおじいさん、おばあさんは既に亡くなり、小学生だった娘は母親になった。この一家の冠婚葬祭には必ず顔を出し、一家が台北に来ると熊谷の家で寝泊まりするという関係だ。2018年2月の花蓮地震では、この家族が住んでいた花蓮市内のマンションが半壊した。幸いけが人は無かったが、熊谷は取る物も取りあえず駆け付けた。喜怒哀楽を共にする家族がいるのも熊谷の強みだろう。
2012年頃から、日本の人々にも台湾の魅力を写真で伝えたいという気持ちが芽生え始める。この年、大阪を皮切りに、高松、東京、金沢で合計4回の個展を開催した。これらの取り組みが評価され、昨年交通部観光局から「台湾観光貢献奨」を受賞した。授賞式には日本から母親も「里帰り」を兼ねて駆け付けてくれた。写真家として一つの「勲章」を手に入れた熊谷は、これから何を撮り、伝えていきたいと考えているのだろうか。
「まだ登っていない百名山もありますが、普通の山や古道も歩いてみようと思います。また、大甲の媽祖巡礼のような生活文化に根差した行事に台湾の人たちがどう向き合っているのか、ありのままの姿を切り取っていけたらと考えています。そして、カメラを構える自分の存在感を無くしたいですね」
「自分の存在感を無くす」と語ったが、彼はとうにこの島に溶け込み、台湾の風景の一部となっている。尊敬する写真家を聞くと、グラビア写真家の渡辺達生の名を挙げた。直接の師ではないものの、彼のように「撮る人も、撮られる人も、また写真を見る人も楽しくなるような」写真を撮りたいと常に思っている。そして、もう一人尊敬する人物として、昨年ヘリコプターの墜落事故で亡くなった空撮の達人で『看見台湾(邦題:天空からの招待状)』の監督、齊柏林の名を挙げた。いかにもこの地を深く愛する熊谷らしい。
バナー写真提供:陳朝栄

