和解のゴールは未来の共生のため
2005年の和解イベントを記念して、沖縄県宮古島市の下地中学校の校庭には、台湾側から寄贈された「愛と和平」像が立っている。しかし、その由来などは生徒や市民に伝わっておらず残念な状況にある。この件ひとつとっても、まだまだ和解のゴールまでには時間がかかるだろうと思われる。
過去へのわだかまりは人それぞれであるし、歴史の見方も差異がある。私がお目にかかった琉球民遭難殺害事件の遺族たちの間でも、和解に関する統一見解は出ていない。台湾出兵にしても、いろいろな族群の人々が関係しているので、和解を注意深く進めないともつれた細い糸の状態になってしまう。
「私が背負った運命を前向きに捉え、沖縄の皆さんと交流を続けたい。互いの伝統や文化を知り、尊敬し合うことで不信感やわだかまりも解けていくのです」
故マバリウ・バジロクさんは、何度も私にこう話していた。
「何よりも互いに話し合って理解し合うことが大切です。既成のストーリーから抜け出して、自分たちの歴史を中心に考えてみることも必要です」
長年牡丹社事件を研究し、日台双方の和解の努力に尽力してきた沖縄大学客員教授の又𠮷盛清さんも同様の意見だ。
台湾の原住民文化と日本統治時代にも詳しい文化人類学者の黄智慧さんも、次のように言う。
「和解のゴールを未来の共生のためと明確にして、当事者だけでなく第三者も交えてルールを作ることが大切です」
あのとき何が起こったのか?当事者たちの努力はどのように続いているのか?
それらは拙著に詳しく書いたのでぜひお読みいただきたいが、真の和解を達成するにはお互いに和解の意思を示し、痛みを分かち合う気持ちが大前提で、何度でも話し合いを持つ必要がある。過去の出来事から自分自身を解放できなくては、心の平安を得ることは難しい。
世界各地で起きている民族や宗教の対立、紛争、戦争の賠償問題を巡るいがみあい。それらを見れば分かるように、互いの歴史や文化を理解しようとせずに、自分たちの歴史観や立場ばかりを主張する。そこから誤解が生まれ、不信感や憎悪という負の連鎖が起こり、暴力や武力に頼るようになってしまう。
史実を現代に引き寄せ、今を生きる私たちがそこから何を学ぶかを引き出す。それが作家に与えられた使命であるなら、牡丹社事件の和解を地道に続けようとする人々の心情に、その長年の悲しみに寄り添いながら、ゴールまでの行程を共に歩みたい。
筆者注 : 台湾では、古くから台湾に暮らしてきた16部族を政府が「原住民」として認定している。日本の新聞等では「先住民」と表記されることが多いが、台湾での呼称を尊重して「原住民」「原住民族」と表記している。
バナー写真=2005年6月に宮古島を訪れたパイワン族の末裔(まつえい)ら(宮古毎日新聞社撮影)
