台湾でも進む「空き家再生」を利用した地域創生運動
私もこのマルシェで台湾金門の高粱酒とつまみの豆腐乳(ドウフールー、タオズー)を提供しつつ、新刊『時をかける台湾Y字路』などの著書を販売し、台湾について情報交換する「バーY字路」を出店。58度もある高粱酒もつまみも、尾道の酒好きらに好評だったが、その隣で台湾のレトロな雑貨を並べていたのが、盧思蓉(ルー・スーロン)さんだ。盧さんは2017年の春、「みはらし亭」で1カ月ほどヘルパーをしながら尾道に滞在した経験がある。
初めて尾道を訪れた時の盧さんの感想は「あまりに自分のふるさとによく似ていた」。盧さんは高雄の港沿いにある古いエリア、「哈瑪星」(ハマセン)の出身だ。山に挟まれた海をフェリーが行き来し、日本時代からの建物も多く残る歴史豊かな土地だが、高齢化が進み、空き家の多い港町である。そんな故郷とよく似た尾道の「空き家再生プロジェクト」に刺激を受けた盧さんは、高雄を訪れた人々に、自分の郷土の魅力や歴史を伝えたいと考え、転職して地元の旅館で働き始めたという。
「空き家の再生を通して郷土を再発見し、地域の活力につなげたい」。同じような熱い思いを抱く人々や取り組みが、近年台湾でも増えている。彰化県鹿港の「鹿港囝仔文化事業」もそのひとつだ。
「一府(台南)、二鹿(鹿港)、三艋舺(現在の台北市万華)」と言われ、古くは台湾第二の都市として栄えた鹿港は、日本時代に鉄道輸送網から外れて、衰退の一途をたどった。しかし最近は、進学や就職で故郷を離れていた若者たちがUターンし、まちの清掃活動や古い建築の保存運動やリノベーションを通して「地域創生」を促進している。ちょうど2014年のひまわり学生運動(学生と市民らが立法院=日本の国会議事堂にあたる=を占拠した運動)に参加した世代が中心なのも特徴だ。
尾道の空き家再生プロジェクトを支える一人で、台湾レトロ建築ブームの立役者として台湾でもファンの多い建築家の渡邉義孝さんも、2019年に鹿港へ講演に呼ばれた際に見た彼らの活動に心を揺さぶられたという。
渡邉さんが「鹿港囝仔」の張敬業さんに案内されたバーやシェアオフィス、食堂などはリノベーション建築を活用してクリエイティブなテナントを増やすことで、魅力的な地域づくりをアピールして若い世代を呼び込んでいる。また清掃活動を通じ、これまで顧みられなかった古い建造物を彰化県の歴史建築指定まで発展させた「金銀廳保存運動」は、若い世代を中心に郷土の歴史や価値を再発見していく過程そのものだった。「鹿港囝仔」が制作したエコ・バッグに印刷されたこんな言葉が、渡邉さんを激しく捉えた。
「別人的房子,我們的歴史」(誰かの家、私たちの歴史)
渡邉さんはそこに、「小さな街を変えられる、明るくしなやかなうねり」を感じ、自分の深く関わってきた尾道の空き家再生の核心部分と共通性を見出したという。これまでも台湾のレトロ建築研究をしている「老屋顔」や台北市の古跡リノベーションレストラン「青田七六」の文化長・水瓶子を講演者として尾道に招いてきた渡邉さん。将来的には鹿港と尾道との交流も積極的に進めていきたいと願っているが、残念ながらコロナ禍のせいで、次の往来がいつになるかは見通しが立たない。


