【見つけた!アジア(4)】宋生まれ、博多育ちの「博多織」

大陸から日本にもたらされたもののいくつかは、現在も、伝来の地・博多で工芸品として親しまれている。「博多織」は、聖一国師と共に宋に渡った若い博多商人が、織物の技法を習得して帰国したのが始まり。徳川幕府に献上されたことから、代表的な柄は「献上柄」とも呼ばれている。

お寺が連なるエリアから徒歩で数分の、はかた伝統工芸館に博多の優れた工芸品が展示されていた。博多織ももちろん主要展示物の一つ。「博多織は締めやすい絹の質感が好まれ、帯として全国的に重宝されているんですよ」(スタッフの坂口侑里さん)。献上柄は、柄の意味も興味深い。複雑な模様部分は仏具がモチーフで、さらに太線は親、細線は子にたとえられているそうだ。「太線が外側の部分は『親が子を守る』、逆は『子が親を守る』という思いを込めて織られています」(同)。また、色も中国の陰陽五行説に倣い、紫は徳、青は仁、赤は礼、黄は信、紺は智の意味という。Gも興味津々だった。

博多織と並んで、全国的に知られる博多人形も展示されている。写真(左)は、開館時に特別に作られた大型の博多人形「福の神」。
代表的な「献上柄」。
博多鋏。

 

鋏の最初の伝来も博多

数ある展示物の中に、鋏(はさみ)を発見。一般的に使われている形の鋏も約700年前、謝国明(*1)が大陸から博多に持ち帰ったのがきっかけで日本で使われ始めたという。それまでは、指先で握って刃を合わせる糸切り鋏の形だった。博多で製造が続き、博多鋏と呼ばれるようになったこの鋏の作り手は一軒を残すのみだが、それでも人気は衰えず、予約しても1年半待ち!

博多織の機織り実演が見学できると聞いて、はかた伝統工芸館から歩いてすぐの「博多町家」ふるさと館にも行ってみた。実演場所は、明治中期に博多織の織元の住居兼工場として建てられた町家を移築復元した建物だ。この日の実演担当は、若手作家・瀧口涼子さん。サラリーマンを経て、職人の道を志した。「縦糸の本数が多いのが博多織の特徴です。横糸を打ち込んで縦糸で柄を織り出します、ほら」。鮮やかな手さばきに思わず見とれてしまった。勧められて私たちも機織りを体験。「こういう伝統工芸は、中国にもいっぱいあると思うけど、日本では大切に守っているのが素晴らしいね」とG。

間近で見る機織り機の構造美にうっとり。
実演する瀧口涼子さん。
体験にはまり、ひたすら機織り機を動かしたG。博多織は縦糸が多いため、意外と力作業だった。

撮影=草野 清一郎

(*1) ^ 日宋貿易で活躍した宋出身の商人。