今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:7月8日

永山則夫の死刑回避にNO:最高裁が極刑基準

1983(昭和58)年 永山則夫連続射殺事件の上告審判決公判で、最高裁第二小法廷は「死刑を回避した原判決は著しく正義に反する」として東京高裁の無期懲役判決を破棄し、審理を東京高裁に差し戻した。同小法廷はこの際、死刑適用基準としていわゆる「永山基準」を示した。同基準は①犯行の罪質②動機③態様、特に殺害の手段方法の執拗(しつよう)性・残虐性④結果の重大性、特に殺害された被害者の数―などを総合的に考慮して判断すべきだとした。永山は19歳だった68(昭和43)年に東京都内のホテルで警備員を射殺、その後京都などでも3人を射殺した。90(平成2)年の第2次上告審で死刑確定。

その他の出来事

黒船来航 幕府に米大統領親書

1853年(嘉永6年6月3日) マシュー・ペリー率いる米海軍所属の東インド艦隊艦船(黒船)4隻が、浦賀沖に来航(黒船来航)。ペリーは米大統領の親書を幕府に渡し、翌年により多くの艦艇を従えて来訪する旨を告げた。通常、黒船来航から明治維新までを「幕末」とする。

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日露密約で内蒙古線引き

1912(明治45)年 第三次日露協約が調印された。辛亥革命後の外蒙古の独立という事態をきっかけに、中華民国に編入された内蒙古について日露間で勢力範囲を設定することとなり、新たな日露協約を締結した。内蒙古における各自の特殊権利地域を東西に分割した。第一次、第二次の協約は一部が秘密協約だったが、第三次協約は全てを秘密協約とした。

「平成30年7月豪雨」232人が犠牲

2018(平成30) 前線や台風第7号の影響により、日本付近に暖かく非常に湿った空気が供給され続け、6月28日から7月8日まで11日間、西日本を中心に広い範囲で平成最大の豪雨被害をもたらした。気象庁が「平成30年7月豪雨」と命名した。メディアでは「西日本豪雨」と表記されることが多い。人的被害は死者224人、行方不明者8人。住宅被害は全壊6758棟、床上浸水8567棟など。岡山県倉敷市真備地区では小田川やその支流などの堤防が決壊した。51人が死亡し、ほとんどが水死。広島県では土砂崩れや土石流が相次ぎ、犠牲者は114人に上った。

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