「川嶋君はきっと成功する」と言ってくれた最初の師匠

川嶋義明は、少年時代を過ごした台北・天母の風景が忘れられないという。家族と通った近所の小さな食堂の店主や、いつもお小遣いでお菓子を買うたびにおまけを付けてくれた駄菓子屋のおかみさんの姿だ。人情味あふれる笑顔がいつもそこにはあった。世界各地を渡り歩いた彼が、二十数年の時を経ていかにしてバーテンダーとしてこの街に舞い戻ったのか、そこには3人の恩師の存在が深く関わっていた。

1999年、川嶋が21歳の頃だった。帰宅途中だった彼は、地元の芦屋駅近くのビルの2階にあったバーに一人でふらりと立ち寄った。オリジナルカクテルもほとんどなく、ウイスキーも十数種類そろえているだけの何の変哲もない店だった。一見の客で、当時は金髪に眉ぞりという風貌の青年・川嶋に対し、店のマスターは表情一つ変えることなく温かく迎えてくれた。

「後で分かったことですが、マスターの中山隆さんは中学の先輩だったのです。とても聞き上手な方で、『川嶋君はきっと成功する』とも言ってくれました。何を根拠にそう思ったのか、今は知る由もありませんが、この言葉はその後ずっと自分の大事な『お守り』となりました。あの時、自分もこういう大人になりたいと思ったことが、バーテンダーを志したきっかけです。」

しかし、それから数年後に、中山は40歳で早世してしまう。それでも毎回カウンター越しの会話を通じて、直感を鍛えることや人と人とのコミュニケーションの大切さを若い川嶋に身をもって教えてくれた。川嶋の最初の人生の師だった。