留学生との交流から起業を志す

大学では同い歳の一浪の学生や海外からの留学生たちと仲良くなった。キャンパス内の留学生室に入り浸り、同級生の誘いで国際ロータリークラブの青年育成組織、ロータアクトクラブの創立に参加した。そこでは韓国人留学生の橋渡しで韓国との交流に力を入れた。ソウルで行われた交流イベントが初めての海外経験となった。ホストの韓国側の微に入り細を穿(うが)つ気遣いに感動し、韓国の大学生たちの将来のビジョンの明確さや志の高さに目を見張った。

「まさに百聞は一見に如かず、価値観の多様性を、身をもって知りました。将来自分で事業を立ち上げようとの気持ちもここで固まりました」

ロータアクトクラブの創立メンバーには、後に原田の妻となる台湾人留学生もいた。2000年夏に彼女の案内で初めて台湾を訪れた。蒸し暑かったが、水や空気が合うと感じた。馴染みのない香辛料の匂い、気取らない屋台の食事、日本語世代のお婆さんとの触れ合い。原田は言葉にならない郷愁を覚え、いつかここに住みたいと思った。これを機に台湾に足しげく通うようになった。

自分で事業を起こそうとしていた原田は、大学を卒業しても素直に就職はしなかった。しかし、当然のことながら食べていくことができず、悶々としながら2年間アルバイトに明け暮れた。ようやく中国からのコンテナ貨物を扱う物流会社で定職を得ると、倉庫管理を担当しながら海外貿易の基礎を学んだ。さらに2年後には自動車業界に転職し、流通管理を担当した。

原田潤氏(本人提供)
原田潤氏(本人提供)