「名古屋台所」を台北で開店
原田が27歳になったある日のことだった。大学時代から付き合っていた台湾人の彼女に、遠距離恋愛で日課となっていた国際電話をいつものように入れた。たわいもない話をしているうちに、気が付くと「そっちに行くわ」との言葉が原田の口からこぼれていた。卒業から既に5年の歳月が流れていた。その翌日辞表を提出し、2カ月後には愛犬3匹とともに海を渡った。
台湾での最初の仕事は、日系企業の研修を専門とする語学学校の営業だった。翌年に結婚した原田は、2008年に日本製の雑貨を扱う貿易会社を立ち上げた。社長になるとの念願は台湾でかなった。商売はかつての語学学校時代に築いた日本人駐在員の人脈に支えられた。一方、数年で帰国していく日本人の駐在員たちの姿を見ながら、原田は台湾に骨を埋める覚悟を固めていく。
「会社を立ち上げて数年間は子どものミルク代を稼ぐのにも苦労する日々が続きましたが、『毎日を楽しく過ごそう』との妻の言葉が常に支えとなりました」
台湾で暮らし始めて数年がたっていた。旅行好きの台湾人からは、東京や京阪神、北海道、沖縄の話は出ても、自分の生まれ故郷の名古屋が話題に上ることはまれだった。もっと名古屋のことを知ってもらいたいとの思いがよぎった。また、食の安全の問題も気になっていた。大切な人に毎日でも食べてもらえる料理とは何なのだろうか。自問を繰り返した原田の結論は、自分で「おふくろの味」を再現することだった。2013年にこうして名古屋料理を主体とした食堂「名古屋台所」が台北市内の赤峰街に誕生する。
「メニューは名古屋名物の味噌カツ、どて(モツの赤味噌煮込み)、手羽先唐揚げ、そしておふくろの味の定番ハンバーグの4種類が中心でした。開店当初は、味が濃すぎると台湾のお客さんからは非難ごうごうでした」
1カ月持たないのではないかと覚悟した矢先に転機が訪れた。オープンから2週間後に日本人、台湾人をそれぞれ対象とするグルメ記事専門の人気ブロガーが相次いで店を訪れ、「本場の味」と太鼓判を押してくれたのだ。1週間もたたないうちに客が殺到し始め、行列のできる店となった。やがて、テレビ番組や新聞・雑誌の取材、芸能人の来訪も続き、あれよあれよという間に人気店となった。2018年にフジテレビ系列で放送されたテレビ番組『世界の村のどエライさん』の「今この日本人がスゴイ!in台北」のコーナーでは、原田の名が第4位にランクインし、人気店の地位を不動のものとした(1位はタレントの夢多)。




