品種「台中65号」から銘柄「台中六十五」へ
李白酒造で学ぶべきことは学べた。そう思った私は台中65号の醸造のために李白酒造を去ることにした。次に入ったのは島根県雲南市の木次酒造だ。木次酒造がある雲南市はヤマタノオロチ伝説の舞台である。設備はシンプルで、醸造量は多いとは言えないが、酒桶ひとつひとつを丁寧に造っている蔵だ。蔵人としての経験を積むためにも、台中65号の醸造のためにも非常に良い環境だった。
台中65号の醸造のために、私は自費で国立酒類総合研究所や各地の杜氏組合の醸造講習会に参加し、併せて各地の蔵の杜氏に教えを請うた。台中65号での酒造りには経験者がいない。記録もなければその特性を知る人もいない。初めての台中65号での醸造では精米の特性をテストするため、精米歩合50%の無濾過純米吟醸を目標とし、木次酒造の手動精米機で精米した。醸造期はちょうどいいことに大雪と重なった。酒造内の部屋は昼間でも気温が2℃前後。麹を作る「製麹(せいきく)」と呼ばれる工程は徹夜仕事になった。毎日、発酵した醪(もろみ)を分析し、その出来を見ては時に杜氏と衝突する…こうやって熟成した醪をしぼり、2018年春、台中65号を使った酒「台中六十五」は完成した。初めての「台中六十五」は400瓶にも満たなかったが、この酒は酒であると同時に3年の時と多くの人の助けにより編まれた物語となったのだ。
前出のイラストレーターKCNさんと出会って十数年がたつ。最初にKCNさんを知ったのは彼のブログだ。KCNさんのブログではオリジナルのイラストと共に、日本統治時代に台湾に貢献した偉人の物語が紹介されていた。私は磯永吉先生の台湾における実績をここで知った。KCNさんは彼のやり方で日本統治時代を紹介している。私のやり方は、台中65号を使って酒を造り、台湾の蓬莱米の父である磯永吉先生と末永仁(めぐむ)先生に敬意を表することだ。だから新しい酒の名前は「台中六十五」とした。台中六十五のラベルはKCNさんと2人で議論の末に決めたものだ。ラベルには旧台中市章と台湾総督府の紋章内にある「台」の字のデザイン部分を使うことにした。そして毎年、「台中六十五」が完成すると広島県の日彰館高校にある磯栄吉先生の記念碑に行き、献酒式を執り行い感謝を奉げている。

