出会い
台湾の鉄道はヤシの実のような島の外周をなぞるように敷かれている。
最初に台湾を旅したのは今から20年前の2000年7月。台北から東海岸を南下した後、西海岸を北上する時計回りのコースをとった。
花東線に乗車したのは台北をたって2日目のこと。瑞穂の先で北回帰線を越え、玉里の次に停車した駅にたまらなくひかれた。ホームから見る田園と山々の眺めや、構内に置かれたいかにも台湾らしい赤いあずまやのたたずまいが気に入った。その駅が東里だった。その日は台東に宿を取ったが、翌日どうしても訪ねてみたくなり、東里を目指した。
車窓には、青々とした稲穂がさざ波のように風に揺られ、遠くの山々が青緑色のコントラストを見せている。この時はまだ故郷の風景に似ていることに気付いていなかった。ただ気持ちが落ち着くような風景に強くひかれた。
東里到着後、改札を通り抜ける時、駅員に呼び止められた。
言葉がしゃべれないので、日本から写真を撮りに来た旨を紙に書いて伝えると、駅事務室へ入るように手招きされた。かつては日本でも、地方の駅で駅事務室に招かれて、駅員の話を聞きながら熱いお茶をいただいた経験があった。しかしここは異国、しかも初めての台湾だったので緊張した。
突然の訪問者の相手をしてくれたのは、運務士という役職の藩湘修さん。言葉は通じないが、筆談が有効だった。漢字を並べただけの拙い僕の文を、藩さんは丁寧に読んでくれる。おかげで深いところまで意志が通じた。
筆談でやりとりをするうちに、日本統治時代の話題になった。ここ東里はかつて大庄という地名だったこと、警察官や学校の教師は日本人だったことなど。古いモノクロ写真も見せてくれた。
そうこうしているうちに昼休みの時間となった。藩さんは「飯?麺?」と紙に書いた。出前を頼むようだ。やがて運ばれてきた牛肉麺を囲んで、東里の駅員達と昼食を共にした。僕の分は藩さんがポケットマネーで払ってくれたのだろう。初めて訪ねた台湾の小駅で、このような歓待を受けるとは思ってもみなかった。
別れ際にお礼を伝えると、藩さんは「郷村 人情味」と書いて答えてくれた。「田舎の人情味だからね」という意味で、そうサラリと返す藩さんに、心から親愛の念が湧いていた。初めての台湾訪問で、運命的な出会いをしてしまったのだ。



