小学校教師

次に東里を訪問したのは約3年後。仕事明けの藩さんと、同僚の楊徳彬さんが周囲を案内してくれる事になった。最初に訪ねたのは、東里国民小学で教師をしていた邱顯榮さんのお宅。60代後半と思しき邱さんは日本語を話した。さまざまな話の中で、かつて台湾が日本の支配下にあった時代、同じ小学校で教鞭(きょうべん)を執(と)った日本人教師の話題になった。

「日本統治時代に山本良一という先生がいました」

邱さんの話す山本良一先生は、東里国民小学の前身となる大庄公学校で、大正から昭和の3年間勤務した。台湾を離れ日本に戻った後、東里での生活をとても懐かしがったという。戦後になり、山本先生は東里国民小学を幾度も訪れ、多くの教材を寄贈。文房具をはじめ、顕微鏡、プロジェクター、コンピュータ、天体望遠鏡など、支援を重ねながら東里の人々と交流を続けた。山本先生は2009年に行われた創立100周年の記念式典に101歳で出席。3年後の2011年1月に天寿を全うされた。

突然の訪問者だった日本人の私を、東里の人々が温かく迎えてくれるのは、山本先生の存在があったからなのかもしれない。東里という同じ場所にひかれた大先輩に、詳しく話を伺いたかった。まだご存命のうちにお目にかかれなかったことが残念でならない。