9歳でスペインに渡り、名門FCバルセロナで育った久保建英(たけふさ)。Jリーグを経て2019年に移籍先に選んだのは、バルセロナのライバルであり、世界屈指の強豪レアル・マドリーだった。現在はレンタル先のマジョルカで苦闘しながら、日本代表にも名を連ね、成長の止まることがない久保が、スペインで見せる大きな可能性とは。
ピッチ脇に作られたインタビューボードの前で、久保建英はスペイン人リポーターの質問に答えていた。
「誰もが僕のゴールに期待していたし、そろそろ決めなければならなかった」
11月10日、スペイン1部リーグマジョルカに所属する久保建英は、ビジャレアル戦でリーガ初ゴールを決めた。得点だけでなく、この日チームがあげた3ゴール全てに絡む大活躍だった。スペイン中の注目が、この18歳に集まっていた。
久保は流暢なスペイン語で続ける。
「毎晩、今日のこの日までリーガでのゴールを夢見続けてきた。大きな夢が叶ったけれど、これを続けないと」
雨に濡れた彼のその表情には充実感が漂う。リーガでのゴールは一つの達成だ。18歳となればなおさらだろう。
しかし久保は、さらにその先を見据えていた。
メディアを騒がせる「KUBO」への期待
今季のマジョルカにおいて、久保は一番のトピックだった。夏にレンタル移籍で加入してからというもの、「KUBO」の名前はメディアを騒がせ続けた。18歳の若き救世主が、昇格したばかりのマジョルカを救う。誰もがそんなストーリーを描いていた。
だが、これまでの道のりは決して平坦ではなかった。
初ゴールの3週間前の10月中旬——。
白いユニフォームに囲まれた久保建英は、マジョルカのピッチを走っていた。
右後ろにいるのは、ドリブルをしかけたくてうずうずした表情のブラジル代表ビニシウス。前方には、こちらもブラジル代表のマルセロが、隙あらば攻撃しようと目を輝かせている。
いずれも久保の対戦相手である、スペインの強豪レアル・マドリーの選手だ。
ボールを持った久保は前方にパスを通そうとしたがカットされ、悔しそうに両手を地面に向けて振り下ろす。
久保は6月に日本からレアル・マドリーに移籍。8月には1年間のレンタルでマジョルカへと移っていた。現地での注目度は高く、所属元との初対戦を迎えたこの日、熱気は頂点に達していた。
スペイン最大のスポーツ紙『マルカ』は、前日、一面から4ページを割いて久保の独占インタビューを大々的に掲載した。一面にはレアル・マドリーとマジョルカのユニフォームを持って笑顔を浮かべる久保の写真がある。
試合当日には、テレビカメラがベンチに座っていた前半から、久保の姿を追っていた。
短い出場時間が終わり、試合終了の笛が鳴る。格下のマジョルカがレアル・マドリーを破る、驚きの結果だった。
久保は小さく手を叩きながら、チームの大金星を静かに祝っていた。
この日は途中出場。短い時間の中で結果を出さなければ先発のポジションは奪えないことは、誰よりも彼がわかっている。
レンタル移籍を選んだ理由
マジョルカは今季2部から1部に昇格したばかりの小クラブで、2年前には3部リーグを戦っていた。
予算も少ない。たとえばバルセロナの選手の年俸の総額はリーグトップの約800億円、レアル・マドリーは2位の約770億円と高額だが、マジョルカはリーグ最下位の約36億円しかない。ただ、過去には1部で躍進を見せた時期もあり、元バルセロナのサミュエル・エトーなど有名選手もプレーしていた。
地中海に浮かぶ島で過ごす日々を、久保は『マルカ』のインタビューで次のように語っている。
「ここまでの試合に関しては完全に満足しているわけではないし、もっとできると思っている。まだ始まったばかりだし、大事なのはこれを続けること。マジョルカは昇格したばかりだけど、長い間1部にいた歴史あるクラブ。僕がマジョルカに何かをもたらすというより、マジョルカが僕の成長のために多くを与えてくれるはず。チームを助けるために全力を尽くしたい」
所属するレアル・マドリーに残り、クラブのBチームでプレーするという選択肢もあった。そうしていれば、トップチームの一流選手とともに練習する機会もあっただろう。
スペイン国王杯や、決勝トーナメント進出決定後のチャンピオンズリーグ・グループステージでデビューする若手は多い。トップチームで主力としてプレーする2年目のビニシウスが昨季歩んだのも、そんな道のりだった。
しかし久保が優先したのは、1部で戦う日々だ。
それは、より厳しい選択とも言える。個の能力では限界があるマジョルカの中では、攻撃が持ち味の久保とはいえ、好きに攻めていればいいわけではない。レアル・マドリー戦では自陣ペナルティエリア付近まで戻り、守備に走る姿があった。
高い技術は、すでに折り紙付きだ。レアル・マドリーの一員として過ごした夏のプレシーズンでの活躍で、スペインでもそれは知られているが、いま久保は、マジョルカというまったく異なる環境で守備や運動量、戦術といった部分を磨いている。
練習を見ていると、すっかりチームに溶け込んだ姿がある。特徴的なのは、ごく自然なコミュニケーションだ。
主張もする。激しく要求することもある。
加入したばかりだが全く物怖じせずに、堂々と自らの意見を伝えている。18歳の久保は、それを可能にする言語力とコミュニケーション力を持っているのだ。
彼の極めて高いスペイン語力を象徴しているのが、冒頭のインタビューシーンだった。
ビセンテ・モレノ監督は笑う。
「言葉は何の問題もない。若くしてやって来たからスペイン語は完璧に話すし、私より上手なくらいだ」
