『綾瀬川鐘か渕』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第7回

歌川広重「名所江戸百景」では第63景となる『綾瀬川鐘か渕(あやせがわかねかふち)』。高速道路によってがガラリと変わった風景を、構図と手法によって再現する。

 

広重お得意の構図に挑戦

千住大橋から東へ向かって流れる隅田川が、南へ向きを変えて曲がる所に綾瀬川が流れ込んでいる。かつてはこの辺り一帯を「鐘ケ淵」と呼んでいたそうだ。明治期には、綾瀬川の東岸が鐘ケ淵という住所だったようだが、現在は鐘ケ淵という町名はなくなり「墨田区墨田」となっている。

広重の絵は、隅田川越しに綾瀬川を眺めた朝焼けの景。合歓の木(ネムノキ)を枠に配した、広重お得意の構図で描かれている。葦(ヨシまたはアシ)茂る岸から筏師(いかだし)がこぎ出し、目前にはサギも飛んでいて、風光明媚(めいび)というよりは少し寂れた印象を受ける。

写真は合歓の花が咲き始めた、梅雨の合間の晴天を待ち、早朝に撮影したもの。荒川区にある都立汐入公園から、鐘ケ淵方面の綾瀬川にカメラを向け、ダイサギが飛んでくるのをじっと待った。合歓の木は公園内に2本植えられていて、同じ日に撮影した幹と花を合成した。対岸の首都高向島線の右奥に写った、青い「カネボウ化粧品」の広告塔に「鐘ケ淵」の名残を感じる。

スポット情報

鐘ケ淵

この辺りで墨田川が大きく曲がる形状が、大工道具の「指矩(さしがね)」に似ていることから「かねが淵」と呼ばれるようになったという。また、江戸時代初期に寺院が移転する際に、船から釣り鐘が落ち、沈んだままになっているためという説もある。江戸時代はうぐいすの名所や鷹狩りの地として知られたようだが、今では地名として使われず、東武スカイツリー線の駅名としてその名を残す。日本を代表する化粧品ブランド「カネボウ」は、1889年にこの地に工場を建てた鐘淵紡績(かねがふちぼうせき)から始まった。

  • 住所:鐘ヶ淵駅 墨田区墨田5-50-2
  • アクセス:東武スカイツリーライン「鐘ヶ淵」

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」――広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

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『上野清水堂不忍ノ池』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第4回
『蒲田の梅園』:浮世写真家喜千也の「名所江戸百景」第5回
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