『八ツ見のはし』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第46回

歌川広重「名所江戸百景」では第62景となる『八ツ見のはし』。江戸城外堀近くの日本橋川に架かる橋から、富士山を望んだ一枚である。

水辺の風景ながら、蒸し暑さも感じさせる名画

首都高速の呉服橋出入口付近、外堀通りが日本橋川の上を渡る場所に一石橋(いちこくばし)がある。江戸時代末期、この付近で江戸城東側の外堀であった外堀川と日本橋川、城内へ日本橋川からの物資を運び入れるための道三堀(どうさんぼり)が交わっていた。水路の辻(つじ)ともいえるような場所であった。

一石橋の上に立つと、外堀川に架かる呉服橋と鍛冶橋、道三堀の銭瓶(ぜにかめ)橋と道三橋、日本橋川・北方向の常盤橋、西方向の日本橋、江戸橋と7つの橋が見えたという。それに一石橋自体を加えて、「八ツ見の橋(やつみのはし)」「八見橋(やつみばし)」と呼ばれたそうだ。

「安政改正御江戸大絵図」より 国会図書館蔵
「安政改正御江戸大絵図」より 国会図書館蔵

柳の木と一石橋の欄干を枠とする得意の手法で、広重は道三堀方向を描いた。中央の橋が銭瓶橋で、その奥に大名屋敷と江戸城、富士山を美しく配している。元絵では橋の北詰から描いているが、ロケハンをすると南詰に柳の木を見つけたので、夏の晴天の日に出向き、柳越しに橋の親柱に向けてシャッターを切ることにした(撮影後に南詰の柳もなくなってしまった)。

しかし、首都高速の出入り口や東京駅のバスターミナルに近いため、大型バスなどがひっきりなしに通り過ぎる。柳の枝が大きく揺れ続け、元絵のようにだらりと垂れ下がった姿にはなかなかならない。満足のいく写真が撮れるまでに1時間以上もかかった上に、車道からの風がやむと全身から汗が噴き出す。元絵は一見涼し気な水辺の景色だが、広重も無風状態の柳の葉を描くことで、蒸し暑い夏を表現したかったのではないかと感じた。

関連情報

外堀通・東京駅八重洲口エリア

広重が描いた頃の一石橋は、橋の南側に屋敷を構えていた御用呉服師の後藤縫殿助(ぬいのすけ)と北側に住んでいた金座の後藤庄三郎が資金を出し合い、地震で壊れたのを架け直したものだと伝わる。2つの後藤家と穀物や酒などを計る単位の「斗(と、とう)」に掛け、5斗(ごとう)+5斗=1石になるので「一石橋」と命名されたという。諸説あるのだが、この由来は古典落語の『十徳』という噺(はなし)にも登場する。主人公の八五郎が、ご隠居から教わった橋の名のいわれを得意げに仲間に説明しようとすると、「そんなのは誰でも知ってるよ」と先に言われてしまい、がっかりする下りだ。また、「屁(へ)のような 由来 一石橋のなり」という川柳があったと聞いたこともある。

橋のたもとには、広重が『八ツ見のはし』を描いた翌年に立てられた「一石橋迷子しらせ石標」が現存している。迷子の情報を交換するための石碑は、他に湯島天神、浅草寺、両国橋など、にぎやかな場所に置かれていたというから、一石橋かいわいも相当人通りが多かったのだろう。1970年代のテレビ時代劇『子連れ狼』の主題歌『ててご橋』には、「父(てて)ごと、母(はは)ごと、ごとごとと、一石橋で逢えばよい」「迷子になったらどこで待つ」という歌詞がある。「ごとごと」はトレードマークの乳母車を押す音もイメージさせているが、5斗+5斗=1石として、一石橋をも示している。

道三堀は明治の末、外堀川は第2次世界大戦後に埋め立てられた。かつて外堀だった一石橋の南詰から東京駅八重洲口、数寄屋橋にかけては、外堀通という幹線道路になり、オフィスビルや商業施設が立ち並ぶ東京の中心部である。周りにはホテルも多いので、「ごとごと」とキャリーケースを引っ張る旅行者の姿もよく見かける。

広重『絵本江戸土産』の「八ツ見橋の景」は2つの見開きにわたっているので、つなげてみた。そこには江戸橋の北東上空から見えたであろう、美しいパノラマが描かれている。右下には、一石橋の名の由来について書かれている 国会図書館所蔵
広重『絵本江戸土産』の「八ツ見橋の景」は、冊子の2つの見開きにわたっているのでつなげてみた。そこには江戸橋の北東上空から見えたであろう、美しいパノラマが描かれている。右下には、一石橋の名の由来について書かれている 国会図書館所蔵

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」——広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

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